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フランボワイヤン・ワールド
中国神話伝説ミニ事典/英雄豪傑編
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煬帝
ヨウダイ
暴君
 中国史上最大級の暴君とされる隋(ずい)王朝第2代皇帝(569~618、在位604~618)。姓は「楊(よう)」、名は「広(こう)」。文(ぶん)帝・楊堅(ようけん)の次男。「煬帝」は死後に与えられた諡(おくりな)で、「煬」には「天に逆らい民を虐(しいた)ぐ」などの意味がある。
 父文帝は最初、長子の楊勇(ようゆう)を太子としたが、楊勇は素行が悪く、父に疎んじられるようになった。この機に乗じ、楊広は父の歓心を買い、最後には楊勇に謀反の嫌疑をかけてみずからが太子となり、帝位に就いた。
 その後は、洛陽(らくよう)の建設、長城(ちょうじょう)の補強、大運河の開削などに取り組んだが、完成を急いで過酷な労役を課したため、人心の離反を招いた。また、数次に渡る高句麗(こうくり)遠征に失敗し、国力の疲弊を招いた。こうした状況下、各地に反乱軍が蜂起したが、失意の煬帝はデカダンな生活に溺れ、最後は部下の手で殺害された。
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