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羑里 |
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中国神話 |
牢獄 |
古代中国、殷(いん)王国で最大の牢獄。現在の河南省湯陰(とういん)県の北部にあった。殷の紂王(ちゅうおう)が周(しゅう)の文王(ぶんおう)を閉じ込めた牢獄として有名である。
羑里には周囲約300歩の小城があった。そして、その牢獄は地下深くに設けられており、窓は天上にしかなく、誰も逃げられないようになっていた。
殷の紂王は多くの国々を従えていたが、悪逆非道(あくぎゃくひどう)であり、そのために国は衰退していた。これに対し周の文王は立派な人物で徐々に勢力を伸ばしていた。そこで、警戒心を持った紂王は文王を捕えさせ、羑里に投獄したのである。
これを知った四人の臣下がすぐにも文王を見舞いに行き、手を尽くして面会を実現した。牢獄の中の文王は臣下たちに何とかして打開策を伝えたかったが、監視が厳しく、直接言葉でいうことはできなかった。そこで、文王は暗号を使った。彼はまず、右目で瞬きした。紂王は女好きなので、美女を献上せよという意味だった。さらに文王は自分の腹を叩いた。紂王は欲が深いので、財宝を献上せよという意味だった。最後に文王は足を踏み鳴らした。急げという意味だった。
四人の臣下は暗号の意味を理解するとすぐにも飛んで帰り、各地に人を派遣して美女や様々な財宝を準備した。そして、紂王に使者を派遣して、美女と財宝を献上した。
紂王は大いに喜び、文王には謀反の意志などないと考えてすぐにも釈放した。
生き延びた文王は周に戻るとすぐにも軍備を強化し、さらに力を伸ばした。そして文王の子の武王の時代、ついに殷の紂王を滅ぼしたのである。 |
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