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フランボワイヤン・ワールド
水滸伝の豪傑たち
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 小説
イオの末裔
〔Kindle版〕

販売開始しました。
《内容》
 教団拡大のために凶悪な犯罪もいとわない《鬼神真教》の教祖・サヤ婆(鬼塚サヤ)の孫として生まれた鬼塚宏樹(主人公=私)は鬼塚一族の残酷な行為を嫌って一族の家から逃亡し、裏切り者として追われる身になる。その恐怖から彼は各地を転々として暮らすしかない。やがて彼は大都市のK市である女に出会い、一時的に幸福な暮らしを手に入れる。だが、そんなある日、大都市の町中でサヤ婆を狂信する磯崎夫妻の姿を見つける。そのときから、彼の恐怖の一日が始まる。恐るべき鬼塚一族の人々が次々と彼の行く手に出現する。…、そして、彼の逃亡がまた始まる。はたして、彼は逃げ切れるのか。鬼塚一族の魔の手を逃れ、自由な暮らしを手に入れられるのか。
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イオの末裔
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天暗星
てんあんせい
楊志
ようし
 梁山泊での順位  17位
 持ち場  騎兵軍八驃騎兼先鋒使
 特技  槍・刀・弓
 あだ名  青面獣(せいめんじゅう)
 出身地・前歴  東京・二竜山の山賊の第二の頭領
身の丈七尺五六寸(約225cm)の大男で顔に青あざがあったので青面獣と呼ばれた。
晁蓋や呉用たちに生辰綱を奪われてしまった豪傑
 楊志は天罡星のひとつ天暗星が生まれ変わった好漢である。
 もともと軍人だったのが職務に失敗して流れ者になり、再び仕官したかともうとまたしても職務に失敗して山賊になってしまうという、かなり浮沈の激しい人生を送った豪傑である。失敗のひとつには、生辰綱運搬隊の隊長になりながら、晁蓋や呉用たちにそれを奪われてしまったことも含まれている。このため、軍人上がりといっても索超や呼延灼のように身体の芯まで軍人という感じではなく、武松や魯智深のように一匹狼の豪傑といった雰囲気がある。曲がったことが嫌いな正直者で、牛二というごろつきを殺したときは、逃げもせずに自首して出ている。武芸の腕前は一流の軍人並で、林冲や索超と一対一の対決をして引き分けたほどだ。しかし、梁山泊入山後は目立った活躍はなかった。
楊志の物語
◆登場するなり林冲と戦って引き分ける

 楊志は三代にわたる武門の家柄の出身で、 五侯楊令公という立派な軍人の孫に当たっていた。若いころに武挙に通り、殿司制使(皇帝守護の武官)にまでのぼったこともある。そのころ楊志は花石綱運搬の護衛の任務を命じられた。花石綱というのは徽宗皇帝が趣味で全国から集めていた花木奇石のことで、川を使って船で運搬されたのである。ところが運の悪いことに船が転覆し、花石綱は沈んでしまった。こうなると死罪は免れなかったので、楊志は身をくらませた。やがて、その罪が許された楊志は再び仕官しようと思い、ある年の冬、供の者ひとりを連れて東京を目指した。
 ところが、この旅の途中、楊志たちが梁山泊の岸辺の林の道を歩いていると、前方を歩いていた供の者が荷物を放り出して楊志のもとに駆けつけてきた。突然何者かが現れて供の者に襲いかかってきたからだった。話を聞いた楊志はすぐにもその場所に駆けつけ、強盗を見つけると大声で怒鳴った。「この強盗野郎め。おれの荷物を返しやがれ」(第11回)。これに対し、相手の強盗は何も応えず、すぐにも朴刀で楊志に打ちかかってきた。この強盗というのは林冲だった。林冲は滄州で人殺しをしてしまい、やむなく梁山泊を頼ってきたのだが、頭領の王倫に梁山泊入りしたいなら3日以内に誰かの首をひとつ取ってこいと命じられていたのだ。しかも、この日が期限切れぎりぎりの3日目だったから、林冲は必死だった。こうして、楊志と林冲の一対一の戦いが始まったが、二人の腕はまったく互角で50合打ち合っても勝負はつかなかった。このとき、水路の向こう岸から、「二人ともちょっと待ってくれ」という声が聞こえ、3人の山賊が舟に乗ってこちらの岸にやってきた。梁山泊頭領の王倫、杜遷、宋万だった。3人は林冲の戦いぶりを見に来ていたのだが、二人の戦いが見事だったので思わず声をかけたのである。そして、楊志の前まで来ると「お二人ともまったく見事。こちらはわれわれの兄弟分の林冲だが、青いあざのあるあなたはどなたですか」。楊志が自己紹介すると、「もしや青面獣と呼ばれているお方では」。「そうだ」と楊志は応えた。「それでは是非とも山寨に招いて、おもてなししたいのですが」。楊志としてはいますぐにもつを返してもらい、東京に向けて出発したかったのだが、3人が熱心に誘うので仕方なく王倫らとともに川を渡って山寨へ行った。
 聚義庁に案内された楊志はそこで山賊たちに大いにもてなされた。この席上、楊志は梁山泊入りを勧められたが、初志を貫徹したかった楊志はこれは断り、翌朝、山賊たちに見送られて東京に向かった。
 ところが、やっと東京に着いたものの、楊志の希望は叶わなかった。楊志は持っていた金銀を役人たちに配ってもとの職に戻れるように手を尽くし、やっとことで殿帥府の太尉・高俅と面接したのだが、この高俅が楊志の書類を見て、「花石綱を失ったあげくに逃亡したような奴を任用できるか」といって楊志を追い払ったのである。
 役人への賄賂のためにほとんどの財産を使ってしまった楊志はこの結果に大いに困り果てた。

◆急先鋒索超と引き分けて北京で軍人になる

 数日後、ついに路銀を使い果たしてしまった楊志は仕方がないから家宝の刀を売ろうと決意し、宝刀に値札をつけて盛り場に立った。すると、町中から毛嫌いされている没毛大虫(毛なし虎)の牛二というごろつきがちょっかいを出してきた。これがあんまりしつこく、最後には殴りかかってきたので、腹を立てた楊志は思わず牛二を刺し殺してしまった。そこで、楊志は野次馬たちを証人にして開封府へ自首して出た。役人たちは殺されたのが邪魔者の牛二だったし、楊志が自首してきたこともあって、彼に親切だった。罪も軽くされ、二ヶ月間の拘留の後、楊志は額に二行の刺青を入れられ、北京大名府の留守司(長官)のもとで軍役につくことになった(第12回)。
 北京大名府の留守司は梁中書という人で、楊志はこの人の屋敷で働き始めた。その働きぶりが真面目そのものだったので、梁中書は楊志を部隊の副牌(副隊長)にでもしてやりたいと思った。そのきっかけを作るために梁中書はある日練兵所に全軍の兵を集め、みなの前で楊志の実力を示すことにした。最初、副牌軍の周謹が出て、楊志と馬上の試合を行った。ここで、穂先を改造したたんぽ槍と弓の2種類の試合が行われ、どちらでも楊志が簡単に周謹を退けて、その実力を示した。すると、正牌軍だった急先鋒の索超が腹を立て、今度は自分が戦うといって名乗りを上げた。索超も将来は天空星として梁山泊入りする運命にある豪傑だから、とてつもなく強かった。が、楊志も負けず劣らず強かったので、金色の斧を振り回す索超と槍を振り回す楊志の試合はついに勝負がつかなかった。これを見た梁中書は大いに喜び、楊志と索超は提轄に抜擢された(第13回)。

●晁蓋一味に生辰綱を奪われて二竜山の山賊になる

 提轄になった楊志はその後も真面目に職務を遂行したので梁中書の信頼を得、5月になると生辰綱を運搬するという重要な任務を与えられた。梁中書という人は東京で太師(宰相)をしている蔡京の女婿で、そのおかげで偉くなった人だった。それで、梁中書は毎年蔡京の誕生日に当たる6月15日にばく大な金銀財宝を誕生祝いとして贈り物にするという習慣があった。この贈り物が生辰綱と呼ばれるものだったが、東京までの道には危険も多く、去年の生辰綱は賊に略奪されるという結果になっていた。
 命令を受けた楊志は賊たちの目を欺こうと自分は旅の商人に扮し、護衛兵十数人には人足のなりをさせた。そして、十万貫分の財宝をかつぎ荷に分けて護衛兵たちにかつがせ、徒歩で東京へ向かった。ところが、荷物は重く、日照りは強かったので、数日すると護衛兵たちが不満を漏らし始めた。その不満は日に日に大きくなった。旅に出て十四五日が過ぎた6月4日、一行は黄泥岡という山にやってきた。その岡の上まで来たとき、兵士たちはついにこらえきれなくなり、松の木陰で寝ころんでしまった。「ここをどこだと思っている。山賊が出るので有名な黄泥岡だぞ」と楊志がいくらせき立ても駄目。
 と、そこへ酒桶をかついだ商人がやってくる。近くには棗売りの商人だという者たちもいて、その酒をがぶがぶ飲み始める。実はこれは生辰綱を略奪に来た晁蓋一味の演技だったのだが、これを見た兵士たちはどうしても酒が飲みたいといいだした。生辰綱運搬の付き添い役の執事までがこれくらい認めてもいいだろうといいだす。こういわれると楊志も認めないわけにはいかず、自身も椀に半分だけ酒を飲んだ。ところが、その酒にはしびれ薬が入っていたから大変である。間もなく、楊志を含めて生辰綱運搬の一行は一人残らずその場に倒れてしまい、棗売り商人たちに金銀財宝すべてを奪われてしまった(第16回)。
 やがて正気に戻った楊志は、「おまえたちのせいでこんなことになったんだ」と兵士たちを怒鳴りつけた。しかし、いまさら北京に戻ることもできなかったので、すたすた歩いてその場から逃げ出した。
 それから二十里ほど歩いた楊志はくたくたに疲れてとある居酒屋に入ったが、その店の主というのが操刀鬼の曹正だった。曹正はやってきた男が好漢の間で有名な楊志だと知ると、それなら青州の二竜山へ行って山賊になるのがいいだろうと勧めた。そこで、楊志は二竜山に向かうがその山の下で背中に花模様のある大男の坊主に出会った。と、何を思ったか坊主は禅丈を振り回してかかってきた。楊志も朴刀で応じたが、2人とも恐ろしく強いので決着が付かない。お互いに感心して名を名乗りあうと、その坊主というのは魯智深で、やはり二竜山を頼ってやってきたのだが、山賊の頭領鄧竜が恐れて山門を閉ざしてしまったので中に入れないのだという。仕方がないので2人して曹正のところに戻ると彼がいいアイデアを出した。鄧竜が恐れている魯智深をひもで縛り、酔っぱらっているところを捕まえたといって山に入り込めばいいという。この作戦は見事に成功し、魯智深も楊志も曹正の仲間とともに山に入り込み、安心しきっていた鄧竜を魯智深が斬り殺した。魯智深と楊志はすぐにも山賊たちを自分の配下とし、魯智深が第一の頭領、楊志が第二の頭領となった(第17回)。
 魯智深と楊志が頭領になってから二竜山は盛んになり、数年後には武松、施恩、曹正、張青、孫二娘らも仲間に加わっていた。
 そんなるあるとき、青州に雇われていた軍人・呼延灼が白虎山の孔明を生け捕りにするという事件が起こった。孔明は武松と知り合いだったので、二竜山では孔明を救うために桃花山、白虎山と協力することが決まった。このとき、楊志は青州は堅固な城だから、三山で協力するだけでなく、宋江率いる梁山泊にも応援を頼もうと提案した。こうして、梁山泊軍の協力を得て青州を落とし、孔明を救出すると、これを機に楊志らは梁山泊入りした。
梁山泊入山後の活躍
◆方臘討伐戦中に病死する
宣和元年 2月、華州に捕らえられた史進を救出するため、呉用の作戦で西嶽華山に参詣する朝廷の使節団を装って華州長官・賀太守を華山に誘い出して殺す。楊志はこの作戦の間に林冲らとともに華州城を攻撃した(第59回)。
宣和2年 正月、盧俊義・石秀救出作戦が実行される。楊志は北京攻撃軍に編入された(第66回)。

1月ころ、梁山泊討伐軍の指揮官に凌州の二将・単廷珪と魏定国が任命される。楊志、林冲、関勝らとともに凌州近くで単廷珪、魏定国の軍を攻撃した(第67回)。

春、曽頭市との二度目の戦争が起こり、梁山泊軍が曽頭市を攻める。楊志は史進とともに曽頭市の北の陣を攻める騎兵を率い、敵将・蘇定を討ち取った(第68回)。

3月、東平府・東昌府攻撃軍が編成される。楊志は盧俊義麾下の軍に編入され、東昌府を攻めた(第69回)。この戦いで、楊志は敵将・張清の石つぶてを兜に受け、びっくりして陣地に逃げ帰った(第70回)。
宣和3年 夏。童貫率いる梁山泊討伐軍と戦う。梁山泊軍は九宮八卦の陣を敷き、楊志は大将として西北に位置する一隊を率い(第76回)、敵将・李明を討ち取った(第77回)。

秋、高俅率いる朝廷軍と戦う。二度目の戦いで、楊志は吾用の作戦“追趕(ついかん)の計”に参加し、逃げていく敵の陸軍を追い討ちした(第79回)。
宣和4年 3月、梁山泊が朝廷に帰順する。

4月ころ、遼国戦争が始まり、楊志は宋軍の正将として出征した。

檀州攻略後、宋軍は進軍する兵を二隊に分け、楊志は宋江麾下の軍に編入された(第84回)。

昌平県境での最初の戦い。楊志は花栄らとともに敵の黒旗の陣を打ち破ったが、戦いには勝てなかった(第88回)。

昌平県境での最終決戦。宋軍は九天玄女の法を用い、楊志は副将として敵の火星の陣に打ち込む一隊を率いた(第89回)。

田虎討伐戦始まる。

田虎支配地に近い衛州に結集後、まず初めに盧俊義が陵川城、高平県城を攻めることになり、楊志これに従った(第91回)。
(宣和5年) 蓋州攻略後、宋軍は兵を二隊に分け、楊志は盧俊義麾下の軍に編入された(第93回)。

威勝城攻略戦。楊志は秦明らとともに東門を奪った(第100回)。

王慶討伐戦始まる。

宛州城攻略戦。楊志は関勝、秦明らとともに宛州の東方に陣を取り、敵の援軍を打ち破る(第105回)。

西京城攻略戦。山南州攻略後、楊志は盧俊義指揮下に西京州へ向かった。この戦いで、楊志率いる一隊は逃げる敵兵を追いかけるうちに深い谷間に迷い込んで身動きがとれなくなったが、捜索に来た解珍、解宝らに救出された(第108回)。

南豊州での最終決戦。梁山泊軍は九宮八卦の陣を敷き、楊志は大将として西北に位置する一隊を率いた(第109回)
宣和5年 方臘討伐戦始まる。

潤州城攻略後、楊志は病気になったことから宋軍を離脱し、丹徒県城で養生した(第112回)。しかし、病は回復しないまま楊志は病死した。
 小説
イオの末裔
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《内容》
 教団拡大のために凶悪な犯罪もいとわない《鬼神真教》の教祖・サヤ婆(鬼塚サヤ)の孫として生まれた鬼塚宏樹(主人公=私)は鬼塚一族の残酷な行為を嫌って一族の家から逃亡し、裏切り者として追われる身になる。その恐怖から彼は各地を転々として暮らすしかない。やがて彼は大都市のK市である女に出会い、一時的に幸福な暮らしを手に入れる。だが、そんなある日、大都市の町中でサヤ婆を狂信する磯崎夫妻の姿を見つける。そのときから、彼の恐怖の一日が始まる。恐るべき鬼塚一族の人々が次々と彼の行く手に出現する。…、そして、彼の逃亡がまた始まる。はたして、彼は逃げ切れるのか。鬼塚一族の魔の手を逃れ、自由な暮らしを手に入れられるのか。
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 教団拡大のために凶悪な犯罪もいとわない《鬼神真教》の教祖・サヤ婆(鬼塚サヤ)の孫として生まれた鬼塚宏樹(主人公=私)は鬼塚一族の残酷な行為を嫌って一族の家から逃亡し、裏切り者として追われる身になる。その恐怖から彼は各地を転々として暮らすしかない。やがて彼は大都市のK市である女に出会い、一時的に幸福な暮らしを手に入れる。だが、そんなある日、大都市の町中でサヤ婆を狂信する磯崎夫妻の姿を見つける。そのときから、彼の恐怖の一日が始まる。恐るべき鬼塚一族の人々が次々と彼の行く手に出現する。…、そして、彼の逃亡がまた始まる。はたして、彼は逃げ切れるのか。鬼塚一族の魔の手を逃れ、自由な暮らしを手に入れられるのか。

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