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フランボワイヤン・ワールド
水滸伝の豪傑たち
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 小説
イオの末裔
〔Kindle版〕

販売開始しました。
《内容》
 教団拡大のために凶悪な犯罪もいとわない《鬼神真教》の教祖・サヤ婆(鬼塚サヤ)の孫として生まれた鬼塚宏樹(主人公=私)は鬼塚一族の残酷な行為を嫌って一族の家から逃亡し、裏切り者として追われる身になる。その恐怖から彼は各地を転々として暮らすしかない。やがて彼は大都市のK市である女に出会い、一時的に幸福な暮らしを手に入れる。だが、そんなある日、大都市の町中でサヤ婆を狂信する磯崎夫妻の姿を見つける。そのときから、彼の恐怖の一日が始まる。恐るべき鬼塚一族の人々が次々と彼の行く手に出現する。…、そして、彼の逃亡がまた始まる。はたして、彼は逃げ切れるのか。鬼塚一族の魔の手を逃れ、自由な暮らしを手に入れられるのか。
 小説
イオの末裔
〔Kindle版〕

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《内容》
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地異星
ちいせい
鄭天寿
ていてんじゅ
梁山泊での順位 第74位
持ち場 歩兵軍将校
特技 朴刀
あだ名 白面郎君(はくめんろうくん)
出身地・前歴 蘇州・清風山の山賊の第三の頭領
あだ名の由来
生まれながらに肌の色が白く美男子なので、色白の若者という意味で白面郎君と呼ばれた。
山賊としては野蛮さと押しの強さに欠ける二枚目
 鄭天寿は地煞星のひとつ地異星が生まれ変わった好漢である。
 清風山の山賊の第三の頭領だったが、金細工屋という細かい仕事をしていたせいか、性格が繊細で、山賊としては行儀が良すぎるという印象がある。山賊だから武力の人には違いないが、清風山でも梁山泊でも他の頭領が出かけている間の留守番役をすることが多かった。梁山泊入山後も歩兵軍の頭領ではなく、職人になった方がよかったと本人も思っていたかもしれない。ただ、清風山の第二の頭領・王英と引き分けたことがあるので、王英と同じくらいの強さはあったようだ。
鄭天寿の物語
◆燕順、王英に寄り添うように梁山泊入り

 鄭天寿は燕順、王英とともに清風山で山賊の頭領をしていた。もとは金細工屋だったが、落ちぶれていろいろな地をさまよい歩き、あるとき清風山のそばで王英とでくわし朴刀で戦った。少年時代から武芸好きだったので、王英とはいい勝負で、いくら打ち合っても勝負がつかなかった。清風山の山賊の第一の頭領燕順がそれを見て仲間に誘い、第三の頭領となったのである。
 ある年の冬、手下の者たちがある旅の男を捕らえてきた(第32回)。手下はその男の心臓で親分たちの酔いざましの吸物でも作ってやろうと考えたのだが、親分たちの前で男を殺そうというときになって、男が「ああ、宋江もこれで終わりか」とつぶやいた。この言葉で、それが好漢たちの間で有名な宋江だということがわかった。燕順、王英、鄭天寿は驚き、すぐにも謝罪し、数日間にわたって宋江をもてなした。それから、鄭天寿らは青州の地方軍事基地のある清風鎮へ、基地の副長官の花栄を訪ねるという宋江を送りだした。
 ところが、それから一ヶ月ほどたった翌年の一月、宋江の様子を探りにやらせた手下から、清風鎮で宋江と花栄が捕らえられ、護送車で青州に送られるという情報が届いた。その当日、鄭天寿たち三人は手下四五百人を率いて待ち伏せし、百五十人の青州兵に守られた護送車の前に出現した。「通り賃三千貫出せば通してやるぞ」と鄭天寿たち三人の頭領はいった。青州軍総指揮官の黄信が「無礼な山賊どもめ」と剣を振り回しながら馬を走らせてくると、鄭天寿たちも朴刀を振り回して馬を走らせ三人で迎え打った。このとき、三人相手では分が悪いとさとった黄信はちょっと打ち合っただけでさっさと清風鎮へ逃げ帰ってしまい、それを見た青州兵も逃げ出したので、鄭天寿らは簡単に宋江と花栄を救出することができた。さらに、宋江たちを罠にはめて逮捕した清風鎮長官の劉高を捕まえ、山寨に連れ帰ってから殺した。
 2日後、青州軍長官の秦明が四五百の兵を引き連れて青州から清風山へやってきたが、花栄と宋江の作戦で、山賊たちは見事にこれを打ち破った。そして、秦明を生け捕りにした山賊たちは、宋江のアイデアで夜の間に青州を襲い、秦明が山賊に寝返ったように見せかけた。この結果、秦明は青州に戻れなくなり、本当に山賊の仲間になり、秦明と仲の良かった黄信も仲間に引き入れ、山賊たちは簡単に清風鎮から花栄の家族を救出し、劉高一家を皆殺しにすることができた。ただし、宋江や山賊たちが清風鎮を襲っている間、鄭天寿は山寨の留守番をしており、仲間が戻ってきたのを出迎えただけだった(第35回)。
 数日後、青州から大軍が押し寄せてくることがわかると、宋江が梁山泊に身を寄せようと提案した。この提案に皆は飛びつき、すぐにも山寨を焼いて出発した。このときに鄭天寿も梁山泊入りした。
梁山泊入山後の活躍
◆方臘討伐戦中の宣州攻撃でひき臼に当たって戦死
政和7年 7月、江州で処刑されそうになった宋江と戴宗を救出する(第40回)。鄭天寿は荷かつぎ人足に変装して江州に侵入し、処刑場のそばで大暴れした。宋江救出後は、宋江に謀反の罪を着せた黄文炳を殺すため仲間とともに無為軍の町に攻め込んだ(第41回)。
政和8年 1月ころ、祝家荘戦争が起こる。鄭天寿は攻撃軍には加わらず、宋万と一緒に梁山泊の入口にあたる金沙灘、鴨嘴灘の寨を守り、糧秣の輸送を担当した(第47回)。

冬、呼延灼率いる朝廷軍と戦う。鄭天寿は二度目の戦いに歩兵として参戦し、敵軍をおびき寄せる働きをした(第57回)。
宣和2年 1月、北京で捕らえられた盧俊義・石秀救出作戦が実行される。鄭天寿は北京攻撃軍に加わった(第66回)。
宣和3年 夏、童貫率いる朝廷軍との戦い。梁山泊軍は九宮八卦の陣を敷き、鄭天寿は八方の陣の中央にある陣の西門の位置を担当した(第76回)。

11月、高俅が海鰍船三百隻を率いて梁山泊に攻め寄せる。鄭天寿は官軍の水夫に紛れ込んで敵船に乗り込み、敵将・徐京を捕らえる活躍をした(第80回)。
宣和4年 3月、梁山泊が朝廷に帰順する。

4月ころ、遼国戦争が始まり、鄭天寿は宋軍の副将として出征する。

檀州攻略後、宋軍は進軍する兵を二隊に分け、鄭天寿は盧俊義麾下の軍に編入された(第84回)。

田虎討伐戦始まる。
(宣和5年) 蓋州攻略後、宋軍は兵を二隊に分け、鄭天寿は盧俊義麾下の軍に編入された。

威勝城攻略戦。鄭天寿は正門から城内に切り込んで大暴れした(第100回)。

王慶討伐戦始まる。

南豊州での最終決戦。宋軍は九宮八卦の陣を敷し、鄭天寿は中央の陣の西門に位置した(第109回)。
宣和5年 方臘討伐戦始まる。

潤州城攻略戦。宋軍は敵の糧秣運搬船に化けて潤州城を攻める。敵天寿は李俊の舟に乗り込み、作戦に参加した(第111回)。

潤州攻略後、宋軍は陸路の兵を二隊に分け、鄭天寿は盧俊義麾下の軍に編入され、宣州、湖州へ向かった。

宣州で戦死する。盧俊義軍が敵城の下まで迫ったとき、城壁の上からひき臼が投げ落とされ、鄭天寿はそれに当たって戦死した(第112回)。
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