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フランボワイヤン・ワールド
水滸伝の豪傑たち
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 小説
イオの末裔
〔Kindle版〕

販売開始しました。
《内容》
 教団拡大のために凶悪な犯罪もいとわない《鬼神真教》の教祖・サヤ婆(鬼塚サヤ)の孫として生まれた鬼塚宏樹(主人公=私)は鬼塚一族の残酷な行為を嫌って一族の家から逃亡し、裏切り者として追われる身になる。その恐怖から彼は各地を転々として暮らすしかない。やがて彼は大都市のK市である女に出会い、一時的に幸福な暮らしを手に入れる。だが、そんなある日、大都市の町中でサヤ婆を狂信する磯崎夫妻の姿を見つける。そのときから、彼の恐怖の一日が始まる。恐るべき鬼塚一族の人々が次々と彼の行く手に出現する。…、そして、彼の逃亡がまた始まる。はたして、彼は逃げ切れるのか。鬼塚一族の魔の手を逃れ、自由な暮らしを手に入れられるのか。
地劣星
ちれつせい
王定六
おうていろく
梁山泊での順位 104位
持ち場 北山酒店
特技 俊足
あだ名 活閃婆(かつせんば)
出身地・前歴 建康府近郊・居酒屋
あだ名の由来
活閃婆は稲妻の神のこと。水泳と棒術も愛好していたが腕前は大したことはなく、稲妻のごとく走れる俊足だけが自慢だったので活閃婆と呼ばれた。
俊足を生かして情報収集に駆けめぐった好漢
 王定六は地煞星のひとつ地劣星が生まれ変わった好漢である。
 痩せた小男で、頭が尖っていた。宋江が重い病にかかり、張順が神医・安道全を迎えに建康府まで旅をしたとき、揚子江で強盗に襲われた張順を助けて梁山泊入りすることになった。足が速かったので梁山泊では情報収集の仕事を担当、行方不明者の捜索に駆け回ることもあった。しかし、足の速さという点では神行太保の戴宗にかなうはずがなかったので、王定六には大きな活躍の場はなかった。水泳と棒術も好きでずいぶんと修行したようだが、免許皆伝というレベルではなかったというから、並みいる豪傑が集う梁山泊では目立てなかったのかもしれない。
王定六の物語
◆揚子江で強盗に襲われた浪裏白跳の張順を助ける

 王定六は建康府に近い揚子江岸で老父と二人で居酒屋を経営していた。ある年の冬、揚子江で強盗に襲われたという男が王定六の居酒屋に救いを求めてきた(第65回)。この男というのが梁山泊の張順だった。このころ梁山泊軍は盧俊義と石秀を救出するために北京を攻撃していたが、なかなかうまくいかず、事態を悲観した宋江が重い病にかかってしまった。この病を治すにはどうしても建康府に住む名医・安道全の力が必要だった。そこで、かつて安道全と面識のあった張順が安道全を迎えに建康府に向かったのだが、揚子江をわたる船の船頭に有り金すべてを奪われ、揚子江に突き落とされたのである。王定六は張順が梁山泊の好漢だと知るとまず自己紹介し、張順を襲った船頭は張旺と孫五の二人組の強盗であることを告げた。「兄貴、安心してください。四五日中にはやつらは必ずここに酒を飲みに来ますから、そのときに仇をとりましょう」と王定六はいった。が、張順はすぐにも安道全を迎えに建康府へ行かなければならないというので、王定六は自分の着物を張順に与えて着替えさせ、さらにかなりの銀子を渡し、翌朝張順を送りだした。このとき張順は帰りにまた会おうと王定六と約束した。
 二日ほどして、安道全を連れた張順が再び王定六の居酒屋を訪ねてきた。ちょうどこのとき、揚子江で張順を襲った張旺が船の様子を見に来たので、王定六は密かに張順にそのことを告げた。それから王定六は張旺のところにいき、「ちょっと待ってくれ。これから親戚の者二人と川を渡りたいんだ」といった。この間に、張順は安道全と着物を取り替え、縁つきの笠をかぶって正体が分からないように変装した。間もなく三人は張旺の船に乗り、川を渡り始めた。船が河の真ん中まで来たとき、張順が正体を現し、「この強盗野郎め」と怒鳴った。張順はこの舟の中で襲われたとき、板刀の隠し場所に気づいていたので、いつの間にかそれを手にしていた。張順は張旺を脅し、張旺が金を分けるのが惜しくて相棒の孫五を殺してしまったことを聞き出すと、張旺の身体を縛って河の中に投げ込んで殺した。王定六はこれを見て張順のすごさにただただ感嘆した。と、船が対岸に着いたとき張順が王定六に、「ご恩は一生忘れません。どうでしょうか、お父さんと一緒に梁山泊に来てわたしたちの仲間になりませんか」と誘った。これを聞いた王定六は喜び、「そうします」と応えた。そして王定六は張順らと別れて酒屋に戻ると仕事の始末をして、父親と一緒に張順のあとを追いかけた。
梁山泊入山後の活躍
◆あまり活躍せずに宣州城攻略戦で戦死する
宣和2年 1月ころ、凌州の将軍・単廷珪と魏定国が梁山泊討伐軍を指揮することが決まると、李逵が勝手に凌州へ向かい行方不明になるという事件が起こった。このとき、王定六ら四名の頭領が捜索を命じられたが、王定六には李逵を見つけることはできなかった(第67回)。

3月ころ、東平府・東昌府攻撃軍が編成され、王定六は宋江麾下の軍に編入され、東平府に向かった(第69回)。東平府手前に到着したとき、宋江は敵将・董平に礼を尽くすために挑戦状を書いた。王定六と郁保四がこれを敵城に持って行ったが、二人は捕らえられて拷問を受け、城から追い出された。
宣和4年 2月、梁山泊が朝廷に帰順した。

4月ころ、遼国戦争が始まり、王定六も宋軍の副将として出征した。

檀州攻略後、宋軍は兵を三隊に分け、王定六は柴進らとともに守備隊を率いて檀州城に残った(第84回)。のちに、宋江軍が幽州まできたときに本隊と合流した(第87回)。

田虎討伐戦始まる。
(宣和5年) 宋軍は蓋州攻略後に兵を二隊に分け、王定六は宋江麾下の軍に編入された(第93回)。

田虎軍の女将軍・瓊英が梁山泊の味方になると、王定六は解珍、解宝らとともに瓊英に率いられて敵の本拠地威勝城へ向かい、敵兵を装って城内に押し入り、敵将・田豹と田彪を捕らえるのに貢献した(第100回)。そして、王定六は郁保四らとともに、田豹と田彪を宋軍のいる襄垣城へ押送した。

王慶討伐戦始まる。

山南城攻略戦。王定六は魯智深、武松らとともに水軍の操る船に乗り込み、逃げ遅れた宋軍の兵糧船と見せかけてわざと敵に捕らえられ、一斉に暴れ出して敵城を奪った(第107回)。
宣和5年 方臘討伐戦始まる。

宋軍は潤州攻略後に兵を三隊に分け、王定六は盧俊義麾下の軍に編入され、宣州、湖州へ向かった(第112回)。が、宣州城の戦いで、王定六は城壁の上から射られた毒矢にあたって戦死した。
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イオの末裔
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《内容》
 教団拡大のために凶悪な犯罪もいとわない《鬼神真教》の教祖・サヤ婆(鬼塚サヤ)の孫として生まれた鬼塚宏樹(主人公=私)は鬼塚一族の残酷な行為を嫌って一族の家から逃亡し、裏切り者として追われる身になる。その恐怖から彼は各地を転々として暮らすしかない。やがて彼は大都市のK市である女に出会い、一時的に幸福な暮らしを手に入れる。だが、そんなある日、大都市の町中でサヤ婆を狂信する磯崎夫妻の姿を見つける。そのときから、彼の恐怖の一日が始まる。恐るべき鬼塚一族の人々が次々と彼の行く手に出現する。…、そして、彼の逃亡がまた始まる。はたして、彼は逃げ切れるのか。鬼塚一族の魔の手を逃れ、自由な暮らしを手に入れられるのか。

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