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宮本武蔵全十一話
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 小説
イオの末裔
〔Kindle版〕

販売開始しました。
《内容》
 教団拡大のために凶悪な犯罪もいとわない《鬼神真教》の教祖・サヤ婆(鬼塚サヤ)の孫として生まれた鬼塚宏樹(主人公=私)は鬼塚一族の残酷な行為を嫌って一族の家から逃亡し、裏切り者として追われる身になる。その恐怖から彼は各地を転々として暮らすしかない。やがて彼は大都市のK市である女に出会い、一時的に幸福な暮らしを手に入れる。だが、そんなある日、大都市の町中でサヤ婆を狂信する磯崎夫妻の姿を見つける。そのときから、彼の恐怖の一日が始まる。恐るべき鬼塚一族の人々が次々と彼の行く手に出現する。…、そして、彼の逃亡がまた始まる。はたして、彼は逃げ切れるのか。鬼塚一族の魔の手を逃れ、自由な暮らしを手に入れられるのか。

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第十話 『五輪書』「火の巻」
■不敗の武蔵を支えた「火の巻」の思想

 地・水・火・風・空と題された全五巻からなる宮本武蔵の『五輪書』。
 この『五輪書』の中で、前回取り上げた「水の巻」とともに圧巻のひとつに数えられる一巻に「火の巻」がある。
 「水の巻」は、日本一の剣豪・宮本武蔵が二天一流の剣技を解説した一巻であり、そのことだけでも重要視されるのは当然だ。
 しかし、「水の巻」の剣技だけで、武蔵は不敗神話を築くことができただろうか? 優れた剣技のほかにも、武蔵は勝つために必要な何かを持っていたのではないだろうか。
 それは何か? それこそ、「火の巻」のテーマといっていいものだ。
 いい方を変えれば、「水の巻」の背後にあって、それを支えるもの。それが、「火の巻」なのである。

■「火の巻」で語られる剣豪・武蔵の真髄

 では、武蔵は「火の巻」の中で何を語っているのか。
 「火の巻」をひもとくと、前書きに続く最初の項目として、「場の次第ということ」という表題が掲げられ、次のようなことが書かれている。
「場所の良否を見分けることが大事である。位置を占めるのには太陽を背にし、もしそうできないときは太陽が右にくるようにすべきである。」
 また、「戦いとなり、敵を追い回すときには、敵を自分の左のほうへ追い回す気持ちで、難所が敵の後ろへくるように、どうしても難所のほうへと追いかけることが大事である。」
 この内容を見ただけで、「火の巻」において武蔵が何を語ろうとしたか、すぐにも理解できるだろう。
 「火の巻」では、剣豪・武蔵の真髄ともいえる“戦略”が語られているのである。

■名場面を思い出させる教えの数々

 剣豪・武蔵の真髄が戦略にあったということは、「火の巻」を読み進めることで、さらにはっきりする。
 たとえば、「むかつかせるということ」という項目がある。敵を動揺させることの重要性を説いたものだが、これを読んで巌流島の戦いを思い起こす人は多いはずだ。
 29歳の武蔵が関門海峡に浮かぶ船島(巌流島)で佐々木小次郎と対戦したときのことだ。武蔵は約束の刻限に3時間も遅れて決闘の場に臨んでいる。さらに、勝負をはやる小次郎が鞘を投げ捨てるのを見るや、武蔵は叫ぶ。「小次郎、敗れたり。勝つ者がなぜ、鞘を捨てるのか」。
 まさに、「むかつかせるということ」を実践し、剣を交える以前に勝負に勝ったといっていいのではないだろうか。
 京都郊外の一乗寺下り松における、吉岡一門の者たちとの決闘を思い出させる「枕をおさえるということ」という教えもある。
 このとき、吉岡一門の者たちは数十人で、決闘の名目人である吉岡又七郎を守っていた。
 これに対し、21歳の武蔵は約束の刻限よりも早くからその場所で待ち伏せした。そして、敵が現れるや、吉岡勢の真っただ中に飛び込み、名目人・又七郎を切り捨てた。このため、吉岡勢は慌てふためき、まともに戦うことができなかったのだ。
 「枕をおさえる」とは、先手を打って敵の動きを抑えることだが、このときの戦いにぴたりと当てはまるといえよう。
 それだけに、「火の巻」の中にこそ、武蔵の真髄があると思えるのである。

■何事にも動じない「いわおの身」とは?

 「火の巻」には、一見すると戦略とは思えない、「いわお(巌)の身ということ」という教えもある。
 この教えは、『五輪書』よりも早く完成された『兵法三十五箇条』にもあり、武蔵にとって非常に重要な思想だったといわれている。
 どういう意味なのか? 次のような逸話が残っている。
 細川忠利の後を継いで熊本藩主となった光尚(みつひさ)が、「いわおの身」とはどういう意味か武蔵に尋ねたときのことだ。
 武蔵はすぐにも弟子の寺尾求馬之助(くめのすけ)を呼び、「君命により、切腹を申し付ける」といいわたした。これを聞いた求馬之助は顔色一つ変えず、「かしこまりました」と応え、切腹の準備に取り掛かった。
 もちろん、光尚は大いに驚いて制止した。が、武蔵は平然として、「これがいわおの身でございます」と答えたという。
 確かに、「火の巻」には数多くの戦略が語られている。だが、どんな戦略を立てようと、何事にも動じない「いわおの身」がなければ成就することはできまい。武蔵はそれをいいたかったのではないだろうか。

■一対一の兵法を集団戦に応用する

 ところで、「火の巻」で語られる戦略は、けっして一対一の戦いだけを前提としているのではない。
「二刀一流の兵法、戦のことを、火と見立て、戦勝負のことを火の巻として、この巻に書き表す。」また、「一人にして五人十人と戦い、確実に勝つ方法を知ることがわが兵法である。そうであれば、一人で十人に勝つことと、千人で万人に勝つことの間に、何の違いがあろうか」
 「火の巻」冒頭の前書きで、武蔵ははっきりとこう断っている。
 このことから、武蔵が「火の巻」の戦略を、集団戦でも応用できると考えていたことがわかる。
 ここで、思い出されるのは、若き日の武蔵がいつかは武将になりたいと願っていたらしいことだ。
 武蔵は十七歳で関が原の合戦に参戦し、次から次と命がけの戦いを繰り返した。名を上げることで有力大名に召抱えられ、武将となる道が開けるからだ。
 とすれば、「火の巻」にはたんに武蔵の戦略が語られているだけではない。果たせなかった武蔵の夢までが語られている、といっていいのではないだろうか。


◆『五輪書』「火の巻」の内容

1.前書き 万人に勝つための知恵について
2.場の次第ということ 太陽を背にするなど、場所取りの段階で勝つ重要性
3.三つの先ということ 先手を取るための三つの方法について
4.枕をおさえるということ 敵が何かをしようとする、その出鼻を抑えること
5.渡を越すということ 危機的状況を乗り切ったとき勝機が見えてくること
6.景気を知るということ 敵の戦いぶりを把握し、正しく対処することの必要性
7.剣をふむということ どんな場合も受身にならず、こちらが先手を取ること
8.崩れを知るということ 一対一でも、集団でも、敵の崩れを確実につくこと
9.敵になるということ 敵の身になって考え、正しい判断をすべきこと
10.四手をはなすということ 敵と互角のときは、別な方法を取る必要があること
11.影をうごかすということ 敵の心中がわからないとき、探りを入れること
12.影をおさえるということ 敵が先に仕掛けようとしたときの戦法について
13.移らかすということ こちらの心に相手を引き込んで有利を取る方法
14.むかつかせるということ 相手の心を動揺させて勝つ方法について
15.おびやかすということ 相手の心をおびやかして、それに乗じる方法
16.まぶるるということ 膠着したとき、敵と絡み合うようにして利を取る方法
17.角にさわるということ 敵の特に突出した部分を叩くことの利について
18.うろたえさせるということ 兵法を駆使し、敵をうろたえさせることの利について
19.三つの声ということ 戦いの初、中、後に適切な声を出すことの重要性
20.まぎれるということ 多人数と戦うとき、攻撃目標を変化させること
21.ひしぐということ 敵に弱みがあれば一気に叩き潰すべきこと
22.山海のかわりということ 同じ攻撃は二回までに止め、三回は繰り返さないこと
23.底を抜くということ 敵の表面だけでなく、心底まで打ち倒すべきこと
24.あらたになるということ 戦いがもつれたら、新たなことを始めるべきこと
25.鼠頭牛首(そとうごしゅ)ということ ネズミの細心さと、牛の大胆さをもつべきこと
26.将卒を知るということ 有利なときは、敵を自由に操るべきこと
27.いわおの身ということ 兵法を知り、岩のように堅固になることの重要性
28.まとめ 「火の巻」を知り、実践することの重要性
宮本武蔵全十一話目次
第一話 巌流島の決闘
第二話 宮本武蔵の誕生
第三話 吉岡一門との決闘
第四話 二刀流開眼
第五話 巌流島以降の武蔵
第六話 宮本武蔵の謎
第七話 諸芸に通じた武蔵
第八話 『五輪書』「地の巻」
第九話 『五輪書』「水の巻」
第十話 『五輪書』「火の巻」
第十一話 『五輪書』「風の巻」「空の巻」
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