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フランボワイヤン・ワールド
世界の終わりの話
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 小説
イオの末裔
〔Kindle版〕

販売開始しました。
《内容》
 教団拡大のために凶悪な犯罪もいとわない《鬼神真教》の教祖・サヤ婆(鬼塚サヤ)の孫として生まれた鬼塚宏樹(主人公=私)は鬼塚一族の残酷な行為を嫌って一族の家から逃亡し、裏切り者として追われる身になる。その恐怖から彼は各地を転々として暮らすしかない。やがて彼は大都市のK市である女に出会い、一時的に幸福な暮らしを手に入れる。だが、そんなある日、大都市の町中でサヤ婆を狂信する磯崎夫妻の姿を見つける。そのときから、彼の恐怖の一日が始まる。恐るべき鬼塚一族の人々が次々と彼の行く手に出現する。…、そして、彼の逃亡がまた始まる。はたして、彼は逃げ切れるのか。鬼塚一族の魔の手を逃れ、自由な暮らしを手に入れられるのか。

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 教団拡大のために凶悪な犯罪もいとわない《鬼神真教》の教祖・サヤ婆(鬼塚サヤ)の孫として生まれた鬼塚宏樹(主人公=私)は鬼塚一族の残酷な行為を嫌って一族の家から逃亡し、裏切り者として追われる身になる。その恐怖から彼は各地を転々として暮らすしかない。やがて彼は大都市のK市である女に出会い、一時的に幸福な暮らしを手に入れる。だが、そんなある日、大都市の町中でサヤ婆を狂信する磯崎夫妻の姿を見つける。そのときから、彼の恐怖の一日が始まる。恐るべき鬼塚一族の人々が次々と彼の行く手に出現する。…、そして、彼の逃亡がまた始まる。はたして、彼は逃げ切れるのか。鬼塚一族の魔の手を逃れ、自由な暮らしを手に入れられるのか。



第三部 19世紀の世紀末と終末観
進化の果てに訪れる絶望的世界
H.G.ウエルズ『タイム・マシン』1895

■H.G.ウエルズ『タイム・マシン』の基礎知識

 科学という背骨を持った人類は、どこまでも進歩し続け、その果てに必ずや幸福な世界が訪れると考えるような19世紀的な楽観主義は、19世紀も終わろうとする頃に大きな変化を蒙ることになる。この変化がどのようなものであるかを説明する上で、H.G.ウエルズ(1866~1946)のSF小説『タイム・マシン』ほど、恰好の材料はない。
 H.G.ウエルズといえば、現代SF小説の祖といえる有名な作家だが、彼がこのように評価されるのは、19世紀的楽観主義に彩られていたSF小説の流れの中に、世紀末的な大転換をもたらしたからだといっていい。そして、この転換が最も見事に表現されたのが、ウエルズの文壇的なデビュー作となった『タイム・マシン』である。
 1859年に刊行されたチャールズ・ダーウィン(1809~1882)の『種の起源』によって、19世紀は進歩という武器の他に進化という武器まで手に入れていたが、ウエルズの『タイム・マシン』は、このような思考と完全に対立する主張を持っていたのである。それは、人類はある段階までは確実に進化し続けるとしても、それが完成された状態に達した後には、まるで進化の歴史を逆行していくような退化の歴史をたどり始め、ついには極めて原初的な下等動物にまでなってしまうというものである。しかも、退化の歴史は人類ばかりではなく、地球という惑星にもあてはまる。このため、はるか遠い未来においては、地球は回転することさえやめてしまい、完全な死の惑星になってしまうのである。
 このように終末的な匂いの強い作品によってウエルズが注目を集め、その後数多くのSF小説を書くことになったということは、19世紀末の没落観や終末観を知る上で、大きなヒントになるだろう。『タイム・マシン』が現代SF小説の原型とさえいわれ、現代にまで多大な影響を与えている以上は、それは現代的な終末観を知る上でも大きなヒントになるに違いない。

■進化の頂点から限りない退化が始まる

 『タイム・マシン』が19世紀的科学主義や進化論と異なる結論を主張しているといっても、それは科学や進化論を完全に否定しているわけではない。科学を完全に否定してしまえば、そもそもSF(サイエンス・フィクション)というジャンルは成り立たないことになるだろう。『タイム・マシン』に登場するタイム・マシンという機械そのものも、科学の産物に違いない。
 そのようなわけで、『タイム・マシン』では、科学や進化論は表面的には肯定されているといっていい。語り口も一見すると科学的、いうならば疑似科学的であり、物語の前提にも科学や進化が置かれているといえる。
 『タイム・マシン』は人類の暗澹たる未来を語っているが、それはあくまでも科学の進歩や人類の進化の果てにやってくるものなのである。
 どのような理由で、そのような結果がもたらされるかについても、『タイム・マシン』はいかにも科学的なそぶりで語っている。
 その思想をまとめるとだいたい次のようなことになる。
 ダーウィン流の進化論によれば、人類はより下等な生命から徐々に進化してきたわけだが、進化の過程にはさまざまな分化があったとされている。例えば、有機体から植物と動物が分化し、動物からは多細胞生物と単細胞生物が分化する。こうして、数多くの生物が地球に誕生し、その中でも最も高度な動物から、人間と人間以外の霊長類が分化したという具合である。こうした事柄は、『タイム・マシン』の中では詳しく語られてはいないが、前提になっていることは確かである。
 さて、このような進化によって人類は最高の生物となったわけだが、『タイム・マシン』によれば、人類を起点として、さらに新しい分化が始まることになる。その分化とは、上流階級と下層階級、あるいは資本家と労働者の分化である。このような階級の分化は19世紀の社会にすでに起こり始めていたものだが、それは同じ人類の中の階級の分化に過ぎなかった。しかし、この階級の分化が徹底されることで、はるかな未来においては、これらの階級は同じ人類とはいえないような存在、つまりまったくことなる新しい種になってしまうのである。
 これらの種は、上流階級が進化したものはエロイ、下層階級が進化したものはモーロックと呼ばれているが、この分化こそ、人類における退化の始まりにも当たっているのである。エロイたちはモーロックたちを地下世界に閉じ込めて奴隷化することで、自分たちは完全に貴族的な生活を手に入れた。が、完全に幸福な生活を手に入れたことで、エロイの文明は沈滞に陥り、知的にも肉体的にも衰えることになった。モーロックたちも、長い間の地下での奴隷生活によって、とても人間とはいえないような存在に変化してしまったからである。
 では、これら2種類の人類の子孫が一体どのような存在なのか、もう少し詳しく『タイム・マシン』から紹介しよう。

■紀元80万2千701年の世界

 『タイム・マシン』は、時間旅行家(タイム・トラベラー)とあだ名される人物が、紀元80万2千701年の世界で経験した冒険を仲間に語って聞かせるという物語である。時間旅行家は最終的に3千万年以上の未来にまで旅してはいるが、主要な物語は紀元80万2千701年を舞台にしている。
 その時代の目に見える風景などについてはとくに詳しく語られているわけではなく、とにかく過去の栄華の名残をとどめながらも荒涼とした世界だとされている。この時代には入り組んだ欄干と高い円柱のある巨大な建物や白い大理石のスフィンクスに似た巨像、陶磁器でできた宮殿のような博物館などがあるが、どれも廃虚のようである。実際に瓦礫になってしまっている建物もある。そして、背の高い植物や森林や花々がある。他に所々に井戸のような穴があり、地下世界の存在を予感させている。
 しかし、時間旅行者は、このことからこの世界に目に付くものは何もないと考えるのは早計だと注意している。未開の地から19世紀のロンドンにやってきた者が、自分の見たものの意味を理解できないのと同様に、時間旅行者にも未来の世界の意味が理解できなかったということはあり得るからである。
 こうして、物語の主要な興味はその世界に、現在からは想像もできないような新しい2種類の人類が存在しているという事実に移っていくのである。

■人類から分化したエロイとモーロック

 この時代に存在する2種類の人類はエロイとモーロックである。人類と書いたが、どちらも現在の人類からはかなりな変化を遂げている。
 エロイは人類と同じような姿をしているようだが、大人の身長が130cmくらいで、男も女も同じようにひ弱そうで美しい姿をしている。言葉は現代人には理解できないほど変化している。それは、あまりに単純化されてしまい、簡単なことしか伝達できない状態になっている。時間旅行者には、彼らの知性が現代人の4、5歳児程度のものとしか思えないのである。そして、時間旅行者は、人類ははるかな未来において完全に退化してしまったのだということを覚るのである。人類は未来において最高の文明を実現したが、その後で退化が始まったに違いない。エロイたちには男の強さ、女の優しさといった男女を明確に区別するような目印が失われているが、それは人類が幸福を実現し、闘争の必要が失われてしまったからに違いない。時間旅行者はこんな風に考えたのである。
 ところが、ここにモーロックという別な種族が登場することで、未来に起こった出来事は時間旅行者の想像を超えて恐ろしいものであることがはっきりする。モーロックの姿は明確ではないが、どうやら猿のように両手両脚を使って動き回る生き物のようである。彼らは井戸の底にある地下世界で暮らしている連中で、そのせいで肌は白く、目は見えるものの光に弱いという特徴がある。しかも、モーロックたちはときおりエロイを襲って食用にしているらしいことがわかる。
 こうして、2種類の種族に遭遇したことで、時間旅行者はあることを理解する。産業がめざましく発達した19世紀には、すでに資本家と労働者の分化が始まっていたが、未来世界に住んでいるエロイとモーロックはこれら2種類の人類の末裔なのである。エロイたちは、モーロックたちを奴隷として地下世界で働かせることで、自分たちは貴族のような幸福を達成した。しかし、その達成によって彼らは沈滞に陥り、知性は衰え、ついに虚弱な人類へと退化した。モーロックたちは地下世界に閉じ込められ、完全な奴隷状態を続けることで、奇怪な人類へと退化したというわけだ。
 しかも、紀元80万2千701年にあっては、エロイもモーロックも、自分たちがかつては同じ人類だったということを忘れている。そして、モーロックたちはいまや地上への進出を企み、月のない暗黒の夜などに、しばしばエロイたちを襲っているのである。
 時間旅行者自身もモーロックの襲撃に合い、慌ててタイム・マシンに乗り込むと、絶望的な気持ちで、その世界から逃げ出したのである。
 ところが、その逃走によって、時間旅行者はさらに恐ろしい現実を目撃するのである。

■3千万年後に訪れる地球の終末

 エロイとモーロックの世界を逃げ出した時間旅行者はさらに未来へと進んだが、そこで彼が見たものは宇宙の破滅といってもいいようなものだった。
 最初に到達した世界は何百万年先の未来かもはっきりしないが、その世界では地球の回転だけでなく、星々の移動までも完全に停止してしまっていたのである。何日進んでも、太陽はいつも上空にあった。タイム・マシンは海の近くに止まったが、あたりには荒涼とした風景が広がっていた。不可解な生き物もいた。それは巨大な蟹のような生き物で、目玉を突き出し、集団で浜辺を歩き回っていたのである。
 時間旅行者は好奇心からさらに未来へと進んだ。ついに3千万年以上の未来に達すると、もうあたりには生き物らしいものは見あたらなかった。そこに到達するまで間も、時間旅行者はあたりの様子を窺っていたが、太陽はどんどん膨張しているようだった。そして、3千万年以上の未来では、太陽は天空の10分の1を占めるほどになっていた。にもかかわらず、あたりは冷気に満ちており、海は凍っていないものの、波打ち際は氷結していた。少しして、生き物らしいものを見つけた。それは、数多くの触手を垂らしたフットボールのような生き物だった。
 これが、時間旅行者によって伝えられた最後の光景である。この時点で地球は存在しているが、時間旅行者の見たものは世界の終末だといってもさしつかえないだろう。 
世界の終わりの話目次
第1部 世紀末と終末論
世紀末と終末論の基礎知識
歴史観と終末論の種類
世界の紀年法と暦法

第2部 神話・終末文書に描かれた終末
第1章 円環的な歴史の中の終末
概説
洪水神話
北欧神話の終末(ラグナレク)
ヒンズー教の終末(永劫回帰)

第2章 直線的歴史と終末
概説/ユダヤ・キリスト教の終末文書
ダニエル書の描く終末
ヨハネの黙示録の描く終末
死海文書が描く終末
エチオピア語エノク書に描かれた終末
シリア語バルク書が描く終末
シビュラの託宣が描く終末
エズラ記(ラテン語)に描かれた終末
マラキ書が描く終末
コーランに描かれた終末

第3章 異教の終末文書
概説
ゾロアスター教の終末
仏教と末法思想の終末
マヤ・アステカ神話の終末
グノーシス主義が描く終末
パウロの黙示録に描かれた終末

第4章 千年王国思想
概説
『神の国』の千年王国
フィオーレのヨアキムが語る千年王国
カンパネッラの語る『太陽の都』

第三部 19世紀の世紀末と終末観

近代にも生きている終末思想
進化の果てに訪れる絶望的世界―H.G.ウエルズ『タイム・マシン』―1895
世紀末の人工ユートピアを求めて―J.K.ユイスマンス『さかしま』―1884
あとがき―未来が終末を迎えた 

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イオの末裔
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《内容》
 教団拡大のために凶悪な犯罪もいとわない《鬼神真教》の教祖・サヤ婆(鬼塚サヤ)の孫として生まれた鬼塚宏樹(主人公=私)は鬼塚一族の残酷な行為を嫌って一族の家から逃亡し、裏切り者として追われる身になる。その恐怖から彼は各地を転々として暮らすしかない。やがて彼は大都市のK市である女に出会い、一時的に幸福な暮らしを手に入れる。だが、そんなある日、大都市の町中でサヤ婆を狂信する磯崎夫妻の姿を見つける。そのときから、彼の恐怖の一日が始まる。恐るべき鬼塚一族の人々が次々と彼の行く手に出現する。…、そして、彼の逃亡がまた始まる。はたして、彼は逃げ切れるのか。鬼塚一族の魔の手を逃れ、自由な暮らしを手に入れられるのか。

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