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フランボワイヤン・ワールド
新撰組と剣豪の話
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 小説
イオの末裔
〔Kindle版〕

販売開始しました。
《内容》
 教団拡大のために凶悪な犯罪もいとわない《鬼神真教》の教祖・サヤ婆(鬼塚サヤ)の孫として生まれた鬼塚宏樹(主人公=私)は鬼塚一族の残酷な行為を嫌って一族の家から逃亡し、裏切り者として追われる身になる。その恐怖から彼は各地を転々として暮らすしかない。やがて彼は大都市のK市である女に出会い、一時的に幸福な暮らしを手に入れる。だが、そんなある日、大都市の町中でサヤ婆を狂信する磯崎夫妻の姿を見つける。そのときから、彼の恐怖の一日が始まる。恐るべき鬼塚一族の人々が次々と彼の行く手に出現する。…、そして、彼の逃亡がまた始まる。はたして、彼は逃げ切れるのか。鬼塚一族の魔の手を逃れ、自由な暮らしを手に入れられるのか。
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イオの末裔
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斉藤一(さいとうはじめ)

●斉藤一のプロフィール
新撰組四番組組頭、撃剣師範、会津新撰組隊長 
天然理心流、無外流 
天保15年(1844)~大正四年(1915) 
永倉新八、沖田総司とともに新撰組の撃剣師範を務めた剣豪である。だが、非常に謎の多い人物で、伊東甲子太郎が御陵衛士として高台寺党を結成すると、近藤に頼まれてスパイ活動をしたといわれる。また、父の代からスパイだったという俗説もある。土方の忠義の対象が幕府だったのに対し、斉藤のそれは会津藩であり、これがきっかけで会津において新撰組は分裂した。幕末維新の混乱を生き延びた隊士の一人である。 
●斉藤一の略年表
天保15年(1844)  御家人・山口祐治の次男として生まれる。 
文久2年(1862)ごろ  誤って旗本を斬り、京都へ逃れる。これ以前に、近藤勇の試衛館道場に出入りし、天然理心流を学んだという。 
文久3年(1863)  3月、京都で結成された壬生浪士組に参加。新撰組では四番組組頭、撃剣師範となる。 
元治元年(1864)  池田屋事件では土方隊に属し、途中から戦闘に参加し、活躍する。 
慶応三年(1867)  3月、御陵衛士として新撰組を分離した伊東甲子太郎が高台寺党を結成すると、スパイとして潜入。
11月、伊東による近藤勇暗殺計画を新撰組に報告。この結果、伊東甲子太郎は暗殺される。 
慶応四年(1868)  閏四月、会津で再結成された新撰組の隊長となる。以降、最後まで会津のために戦い、その後大正時代まで生きる。 

●試衛館の近藤とは旧知の仲

 斉藤一の生まれについては奇妙な俗説がある。
 一般に斉藤の父・山口祐治はもと明石藩の足軽で、後に株を買って幕府御家人となったとされている。だが、足軽だったというのは表向きのことで、もともと幕臣であり、スパイとして活動していたというのだ。
 斉藤自身が、新撰組の一員としてスパイ活動を行ったといわれているため、こんな俗説が生まれたのだろうか。
 真偽のほどはわからい。
 とにかく御家人の次男だった斉藤は少年時代は江戸で過ごした。
 この時代に近藤勇の試衛館に出入りして天然理心流を学んだことははっきりしている。だから、斉藤もまた土方や沖田と同じく、試衛館の仲間といってよい。
 天然理心流のほかには、無外流を学んだといわれる。
 十代も終わりごろ、斉藤は誤って旗本を斬ってしまい、江戸を離れて京都へ逃れることになった。だが、試衛館時代に培った近藤との信頼関係は相当に強く、互いに重要な事柄を連絡しあっていたに違いない。
 文久3年、近藤らが浪士組みの一員として上洛し、京都で壬生浪士組が結成されたとき、その当初からのメンバーとして斉藤もまた名を連ねることになったのである。

●三番組組頭・撃剣師範として活躍

 京都で暮らしていた斉藤が、壬生浪士組誕生当初から幹部として加わった事実は、近藤勇が斉藤に対して、強い期待を抱いていたことをうかがわせる。
 この期待の理由は、もちろん、斉藤が一流の剣士だったからに違いない。
 新撰組の天才剣士といえば、誰もが沖田総司を思い浮かべる。だが、隊士・阿部信次郎の談話によると、剣の順位は、①永倉、②沖田、③斉藤だったという。
 順位はさておき、この三人がとにかく強かったことは間違いない。新撰組には隊士の剣の腕を磨くために撃剣師範が置かれていたが、この撃剣師範を務めたのが、永倉、沖田、斉藤の三名なのである。
 斉藤は新撰組では三番組組頭として数多くの修羅場をくぐり、かつ騒乱の時代を生き延びる。考えてみれば、沖田は病死したとはいえ、永倉もまた生き延びている。生き延びるには生き延びるだけの理由があるということかもしれない。
 有名な池田屋事件では、斉藤は土方隊に属していた。このため、近藤隊が池田屋に突入したあと、途中から戦闘に参加することになったのだが、それでも会津藩から報奨金10両、別段金7両のボーナスを得る活躍をしている。

●スパイとして御陵衛士へ潜入

 新撰組三番組組頭として数々の修羅場をくぐった斉藤だが、京都における特に重要な働きは、御陵衛士におけるスパイ活動といっていいだろう。
 慶応3年(1867)3月、伊東甲子太郎ら13名が新撰組から分離し、幕府系の新組織である御陵衛士というグループが生まれる。
 伊東は分離に際して斉藤の参加を近藤に求めたが、これを受けた近藤が斉藤に意を含め、伊東の動静を探るように仕向けたのだという。
 こうして、スパイとして御陵衛士に参加することになった斉藤は、やがて伊東甲子太郎による近藤暗殺計画をつかんだ。
 同年11月10日、斉藤は御陵衛士の屯所を脱出し、近藤暗殺計画を新撰組に通報、その後一時的に紀州藩士のもとに身を隠した。
 御陵衛士を脱出する際には、斉藤は屯所にあった公金50両を盗み出すというカモフラージュを施した。
 このため、御陵衛士の側では、女にだらしない斉藤が(そう思われていたようだ)、大事な公金を使い込んでしまい、どうしようもなくて逃げ出したのだと考えた。誰一人として、斉藤がスパイだったとは考えなかったのである。
 そして、18日、伊東甲子太郎は重要事項の相談という名目で近藤の妾宅に招かれ、その帰途を待ち伏せしていた隊士によって暗殺されることになった。有名な七条油小路事件である。
 以上が、油小路事件におけるスパイ斉藤の働きとして一般的にいわれていることだが、もしこれがそのまま事実だとすれば、斉藤のスパイとしての力量はかなり卓越していたことは間違いない。父の代からスパイだったという俗説が生まれるのも、このあたりに原因があるといっていいだろう。

●新撰組隊長として会津戦争参戦

 御陵衛士を脱出してから身を隠していた斉藤は間もなく新撰組に戻ったが、ちょうどこのころ、どういうわけか「山口次郎」と改名している。そして、鳥羽伏見戦争、甲陽鎮撫隊に参加する。
 慶応4年3月、流山において近藤が官軍に出頭すると、新撰組はその地を脱出し、二手に分かれて会津へ向かった。このとき、一隊のリーダーは幹部・安富才助で、斉藤は負傷者と新参兵のグループ約20名のリーダーとなった。
 会津に入った新撰組は、ここで職制を改めて再結成されることになった。
この段階で斉藤は新撰組隊長の座に就いている。もちろん、この時点での新撰組のシンボルは土方歳三であり、土方が総隊長だったのだが、土方の狙いは新撰組とは別なところにあり、しばしば別行動をとっていた。このため、会津において実際に新撰組を率いたのは斉藤だったのだ。
このことからも、新撰組内における斉藤のステイタスは当初からかなり高かったことがわかる。
 だが、官軍との兵力の差は歴然としていた。
 8月18日、斉藤率いる新撰組は旧幕府脱走陸軍とともに母成峠で官軍と戦って惨敗。しかも、23日、会津若松城が官軍に攻められそうになるや、会津藩は単独で籠城を決めて城門を閉ざし、新撰組も旧幕府脱走陸軍も入城することができなくなってしまった。
 この結果、新撰組副長・安富才助ら9名は、土方の後を追って仙台に向かうことを決めた。
 実は、土方は会津に来た当初から旧幕府脱走陸軍の伝習第1大隊と手を組み、仙台において官軍と戦うことを決めており、それが新撰組の既定の方針でもあったからだ。
 だが、ことここにいたって、斉藤はその方針に反対したのだった。

●最後まで自分の信念で戦い抜く

 会津における母成峠での惨敗の後、斉藤が新撰組の仙台行きに反対した理由は、その直後の彼の言葉からはっきりしている。
「われわれは会津に来て戦い、多くは戦死し、いまやわずかな人数が残るだけだ。新撰組の名を再び挙げたい気持ちはあるが、会津が落城寸前のいま、これを見捨てるのは誠の義ではない。たしかに仙台藩との約束もあるが、この事態ではやむをえない。わたしは後顧を考えず、隊名とともにここで死のうと思う」
 つまり、斉藤は会津藩に忠義を尽くしたかったのである。壬生浪士組が京都で結成されたとき、直接にそれを支えたのは会津藩だったので、会津藩のおかげで新撰組があると考えていたからだ。
 この考えを斉藤は押し通した。
 そして、残り少なくなった新撰組隊士の10名以上がこれに賛成した。この段階で、新撰組隊士は25名しかいなかったから、半分以上が斉藤に賛成したわけだ。
 こうして、新撰組に最後の分裂が起こり、斉藤たちは会津郊外の如来堂に向かった。
 9月4日、この如来堂が300名の官軍に襲撃された。仙台に向かった隊士たちは、この話を聞いて、斉藤たち十数名は如来堂で全員討ち死にしたと考えた。兵力の差は圧倒的だったからだ。しかし、斉藤らの多くがこの戦いを生き延びた。
これが新撰組隊士としての斉藤の最後の戦いだった。

●最期は座布団に端座して息を引き取る

 如来堂の戦いの後、斉藤は「山口次郎」から「一瀬伝八」と改名し、会津藩士となった。会津藩に対する思いがそれだけ強く、会津藩もそれを認めたに違いない。
 だが、降伏後の会津藩に対する新政府の対応は厳しく、会津藩士は青森県の斗南という極寒の地に配流となった。斗南では斉藤は「藤田五郎」という名で暮らした。
 その後、会津藩士の罪が許されると斉藤は上京し、明治10年に警察官となり、西南戦争にも出征した。こうして斉藤は「藤田五郎」として大正4年まで生きるのである。
 その最期の日、死期をさとった斉藤は床の間の座布団にきちっと座り、その姿勢で息を引き取ったという。幕末を生き抜いた武士の意地がそうさせたのかもしれない。
 新撰組と剣豪の話 目次
新撰組隊士

新撰組と時代背景
近藤勇
土方歳三
沖田総司
永倉新八
斎藤一
原田左之助
藤堂平助
島田魁
林信太郎
山野八十八
大石鍬次郎
尾形俊太郎
山南敬助
山崎烝
芹沢鴨
新見錦
平山五郎
武田観柳斎
谷三十郎
伊東甲子太郎
篠原泰之助

志士たち

坂本龍馬
中岡慎太郎
岡田以蔵
桂小五郎
河上彦斎
西郷隆盛
大久保利通
中村半次郎

剣豪

吉岡直綱
上泉伊勢守信綱
念阿弥慈音
斎藤歓之助
逸見宗助
小野忠常
加藤久
仏生寺弥助虎正
荒木又右衛門
堀部安兵衛
佐々木小次郎
高柳又四郎
千葉周作
柳生十兵衛
柳生兵庫助
宮本武蔵
大石進
半沢成恒
小野忠明
古藤田俊直
樋口定次
師岡一羽
辻月丹
斎藤弥九郎
東郷重位
剣豪学

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 教団拡大のために凶悪な犯罪もいとわない《鬼神真教》の教祖・サヤ婆(鬼塚サヤ)の孫として生まれた鬼塚宏樹(主人公=私)は鬼塚一族の残酷な行為を嫌って一族の家から逃亡し、裏切り者として追われる身になる。その恐怖から彼は各地を転々として暮らすしかない。やがて彼は大都市のK市である女に出会い、一時的に幸福な暮らしを手に入れる。だが、そんなある日、大都市の町中でサヤ婆を狂信する磯崎夫妻の姿を見つける。そのときから、彼の恐怖の一日が始まる。恐るべき鬼塚一族の人々が次々と彼の行く手に出現する。…、そして、彼の逃亡がまた始まる。はたして、彼は逃げ切れるのか。鬼塚一族の魔の手を逃れ、自由な暮らしを手に入れられるのか。

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