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フランボワイヤン・ワールド
新撰組と剣豪の話
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 小説
イオの末裔
〔Kindle版〕

販売開始しました。
《内容》
 教団拡大のために凶悪な犯罪もいとわない《鬼神真教》の教祖・サヤ婆(鬼塚サヤ)の孫として生まれた鬼塚宏樹(主人公=私)は鬼塚一族の残酷な行為を嫌って一族の家から逃亡し、裏切り者として追われる身になる。その恐怖から彼は各地を転々として暮らすしかない。やがて彼は大都市のK市である女に出会い、一時的に幸福な暮らしを手に入れる。だが、そんなある日、大都市の町中でサヤ婆を狂信する磯崎夫妻の姿を見つける。そのときから、彼の恐怖の一日が始まる。恐るべき鬼塚一族の人々が次々と彼の行く手に出現する。…、そして、彼の逃亡がまた始まる。はたして、彼は逃げ切れるのか。鬼塚一族の魔の手を逃れ、自由な暮らしを手に入れられるのか。
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 教団拡大のために凶悪な犯罪もいとわない《鬼神真教》の教祖・サヤ婆(鬼塚サヤ)の孫として生まれた鬼塚宏樹(主人公=私)は鬼塚一族の残酷な行為を嫌って一族の家から逃亡し、裏切り者として追われる身になる。その恐怖から彼は各地を転々として暮らすしかない。やがて彼は大都市のK市である女に出会い、一時的に幸福な暮らしを手に入れる。だが、そんなある日、大都市の町中でサヤ婆を狂信する磯崎夫妻の姿を見つける。そのときから、彼の恐怖の一日が始まる。恐るべき鬼塚一族の人々が次々と彼の行く手に出現する。…、そして、彼の逃亡がまた始まる。はたして、彼は逃げ切れるのか。鬼塚一族の魔の手を逃れ、自由な暮らしを手に入れられるのか。
藤堂平助(とうどうへいすけ)

●藤堂平助のプロフィール
新撰組副長助勤→八番組組頭。御陵衛士。
北辰一刀流、天然理心流 
天保15年(1844)~慶応三年(1867) 
壬生浪士組結成時に最年少の20才で幹部となった新撰組隊士である。新撰組当初は「近藤勇の四天王」と呼ばれたほどの剣の腕で、戦闘には必ず一番に飛び込むので「魁先生」というあだ名まであった。だが、勤皇派だったので、佐幕派の近藤とはうまくいかなかったようで、伊東甲子太郎入隊後は伊東一派として行動。御陵衛士となって新撰組から分離後に、七条油小路事件で新撰組の手で暗殺された。 
●藤堂平助の略年表
天保15年(1844)  一説によると津藩主・藤堂和泉守の子として生まれる。若いころ伊東甲子太郎に北辰一刀流を学ぶ。次いで、近藤勇の試衛館で天然理心流を学ぶ。 
文久3年(1863)  近藤らとともに浪士組に参加、壬生浪士組に加わり、最年少の幹部となる。 
元治元年(1864)  6月、池田屋事件で活躍するが、重傷を負う。8月、隊士募集のため江戸に下り、伊東甲子太郎を勧誘する。 
慶応三年(1867)  3月、伊東らとともに御陵衛士に任命され、新撰組から分離する。11月18日夜、七条油小路事件で新撰組に暗殺される。 

■「魁先生・近藤の四天王」と呼ばれた戦士

 壬生浪士組結成時に最年少の20才だった藤堂平助は天保15年(1844)生まれで、出身地は江戸らしい。
 しかし、なぜか津藩主・藤堂和泉守のご落胤だという説もある。当時、本人がそう名乗っていたし、多くの者がそれを信じていたという。いかにもご落胤らしい二枚目だったせいだろうか。もちろん、それが真実だった可能性も十分にある。
 若いころ江戸で浪人しており、伊東甲子太郎の道場に出入りして北辰一刀流を学んだ。さらに、近藤勇の試衛館道場の食客となり天然理心流を学んだ。
 文久3年(1863)、この縁で近藤勇の試衛館一門と浪士組に参加して上洛、壬生浪士組の結成人に加わることになったのである。
 弱冠20才の二枚目で、かつ小兵だったが、剣の腕はたった。
 若いながらも壬生浪士組組頭、新撰組副長助勤、八番組組頭を歴任したのはその実力のゆえだったろう。
 新撰組結成当初は「近藤勇の四天王」「魁先生」などと呼ばれたという。
 「四天王」というのはもちろん剣の実力があるからだが、「魁先生」というのは、どんな戦闘にも真っ先に飛び込んで行ったからである。甘いマスクの下に、勇猛果敢な武士の心を持っていたのだ。
 文久3年4月に壬生浪士組が会津藩主・松平容保の前で武術披露を行ったときは、藤堂は土方とともに最初の演者となっている。

■重傷を負うまで戦った池田屋事件

 元治元年(1864)6月の池田屋事件では、藤堂は近藤隊の一員として最初から戦闘に参加し、「魁先生」の名に恥じぬ戦いぶりを見せた。
 近藤隊は近藤以下11名で、討ち入ったのは近藤、沖田、永倉、藤堂、近藤周平の5名、残りは池田屋の表と裏を固めた。
 近藤と沖田が二階へ駆け上がると、20名ばかりの志士のほとんどが逃げ惑った。藤堂、永倉が一階の座敷でこれを待ちうけ、斬りかかった。人数の上では志士側のほうが多いのだから、恐るべき乱戦だったに違いない。
 藤堂は立ち向かってくる志士たちと繰り返し切り結んだ。
事件後、近藤が故郷に書き送った手紙によれば、藤堂の刀は無数に刃こぼれしていたという。それだけ激しい戦いだったのだ。
と、その瞬間、物陰から躍り出た志士が藤堂の眉間を斬り割った。傷は重症で、流れる血が目に入った。これを見た永倉はどうにかして助けようとしたが、敵がそれを許さない。
 間もなく、沖田が肺結核のために喀血して昏倒した。このときになって、藤堂は沖田とともに池田屋の外に運び出されたのである。
 このように重傷を負うまで戦った藤堂は、当時の人々からも大いに評価されたようだ。
 池田屋事件のあとで京都には様々な噂が流れたが、藤堂については次のように語られた。
「藤堂平助17才(本当は21才)は新撰組きっての壮士である。これまでも戦闘場面にはいつもみなに先駆けて飛び込むので「魁先生」とあだ名があったが、池田屋にも真っ先に飛び込んだ。その結果重傷を負って半死半生の状態だが、とにかく今も生きている」
 会津藩は新撰組の働きを評価し、五百両を下賜し、幕府も報奨金を出したが、藤堂はこの中から報奨金十両と別段金十両の計二十両を与えられている。

■近藤暗殺計画を持って伊東のもとへ

 「魁先生」と呼ばれ、どんな戦闘に真っ先に飛び込む藤堂のような武士を、近藤はもちろん気に入っていた。
 だが、藤堂のほうはどうだったか。
 藤堂は試衛館の食客となる以前に伊東甲子太郎の道場に出入りしていた。このころ、伊東の勤皇思想の影響を受けていたのではないだろうか。とすると、佐幕的な近藤に内心不満を抱いていた可能性も出てくる。
 禁門の変直後の元治元年8月末、藤堂はある目的で江戸に下った。
 このころ新撰組は隊士数の減少に悩まされており、早急な補充が必要だった。そのための勧誘がその目的である。この目的のため、藤堂の後を追うように近藤もまた江戸に下っている。
 このとき藤堂はかねて付き合いのあった伊東のもとを訪れ、次のようにいって勧誘したといわれている。
「わたしたちは近藤と同盟し、何とか勤皇のために働こうと考えたが、近藤は幕府の手先として働こうとしている。実はこれに憤慨して脱走する隊士も少なくないのだ。そこで、間もなく近藤が江戸へ来るから、この機に暗殺し、あなた(伊東)が隊長となって、新撰組を勤皇党に改革しようではないか」
 このとき、藤堂がこれほど極端な発言をしたかどうか疑う研究者もいる。
 だが、勤皇思想の持ち主の伊東が藤堂の誘いで新撰組入りしたのは事実である。そして、藤堂は、伊東加入後ははっきりと伊東派として行動するようになるのだ。
 思想的に近藤と相容れないものがあったことは確かなはずである。

■正義感あふれる好青年ぶりを発揮

 隊士勧誘のために江戸に下った藤堂は、近藤が伊東などの新入隊士を引き連れて京に戻った後も江戸に滞在した。隊士勧誘を続けるという名目だが、池田屋事件の傷を癒すためでもあったかもしれない。結局、藤堂は9ヶ月も江戸に滞在し、京に戻ったという。
 とすると、元治元年11月には藤堂は京都にいないことになるが、ちょうどこのころ、こんなことがあったという。
 京都四条南座でのこと。芝居の上演中に新撰組隊士三名が無理やり入場し、舞台に向かって野次を飛ばし、次第に酔っ払って騒ぎ始めた。やがて美しい芸者を見つけると、芸者を連れていた客を鉄扇で殴りつけて奪い取ろうとした。
 このとき突然、二階から美貌の若侍がひらりと飛び降り、騒ぎに割って入った。
「差し出がましいかもしれないが、このように混雑した劇場で、他人の女を横取りするとは新撰組らしからぬ振る舞いでしょう。ここは拙者の顔に免じてお許しください。いたずらに町人をいじめたりせず、ことを穏便にお済ませください。拙者は伊勢の浪人藤堂平助と申します」
 暴れていたのはおそらく新撰組の新入隊士で、藤堂の顔を知らなかったのだろうが、さすがにその名を聞いては引き下がらざるを得なかったようだ。人々は藤堂のことを「今牛若」といって賞賛したという。
 普段の藤堂の好青年振りがわかる話ではないか。

■御陵衛士として七条油小路事件に散る

 勤皇派の伊東入隊以降、徹底して伊東派として活動するようになった藤堂は、慶応三年(1867)3月、伊東らとともに御陵衛士に任命され、正式に新撰組から分離した。
 御陵衛士は逝去したばかりの孝明天皇の陵墓を警護する目的の新組織で、表面的には新撰組と協調することになっていた。
 だが、その実は勤皇派のために働くことを目指したもので、そのためには何といっても近藤勇は邪魔だった。御陵衛士が近藤暗殺を計画したとしても少しも不思議はなかった。
 この計画を御陵衛士にスパイとして潜入していた斉藤一が新撰組に報告した。
 こうして、11月18日夜、御陵衛士のリーダー伊東甲子太郎が新撰組の手で暗殺された。だが、ことはこれだけですまなかった。新撰組はさらに御陵衛士の集団暗殺を画策したのだ。
 新撰組は伊藤の死体を油小路の十字路に運び、その間に町役人を走らせて御陵衛士に「伊東が土佐藩の者に斬られた」と報告した。
 藤堂ら御陵衛士のメンバーは午前二時過ぎに油小路に到着した。と、鉄砲の合図で新撰組が藤堂たちを取り囲んだ。その数三十数名、みな鎖帷子を着込むなど完全武装していた。
 御陵衛士のうち四人は逃げたが藤堂と毛内有之助、服部武雄がその場に踏みとどまった。
 ところで、この段階で永倉新八は藤堂を逃がそうと考えていたという。「藤堂は若く有為の人材なので、できれば助けてほしい」と近藤から頼まれていたからだ。
 永倉が動かないので、藤堂はそれをやり過ごして逃げ出そうとした。これを三浦恒次郎が追いかけて背後から斬りつけた。藤堂は振り返り、三浦の両膝を斬った。このとき誰かが、藤堂の顔面に斬りつけた。
 これが致命傷になった。記録では、その傷は面上鼻より口へ深さ二寸、長さ七寸とされている。このほか両足、横腹二ヶ所に傷があった。そして、藤堂は刀を握ったまま死んだのである。享年24才だった。
 新撰組と剣豪の話 目次
新撰組隊士

新撰組と時代背景
近藤勇
土方歳三
沖田総司
永倉新八
斎藤一
原田左之助
藤堂平助
島田魁
林信太郎
山野八十八
大石鍬次郎
尾形俊太郎
山南敬助
山崎烝
芹沢鴨
新見錦
平山五郎
武田観柳斎
谷三十郎
伊東甲子太郎
篠原泰之助

志士たち

坂本龍馬
中岡慎太郎
岡田以蔵
桂小五郎
河上彦斎
西郷隆盛
大久保利通
中村半次郎

剣豪

吉岡直綱
上泉伊勢守信綱
念阿弥慈音
斎藤歓之助
逸見宗助
小野忠常
加藤久
仏生寺弥助虎正
荒木又右衛門
堀部安兵衛
佐々木小次郎
高柳又四郎
千葉周作
柳生十兵衛
柳生兵庫助
宮本武蔵
大石進
半沢成恒
小野忠明
古藤田俊直
樋口定次
師岡一羽
辻月丹
斎藤弥九郎
東郷重位
剣豪学

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 教団拡大のために凶悪な犯罪もいとわない《鬼神真教》の教祖・サヤ婆(鬼塚サヤ)の孫として生まれた鬼塚宏樹(主人公=私)は鬼塚一族の残酷な行為を嫌って一族の家から逃亡し、裏切り者として追われる身になる。その恐怖から彼は各地を転々として暮らすしかない。やがて彼は大都市のK市である女に出会い、一時的に幸福な暮らしを手に入れる。だが、そんなある日、大都市の町中でサヤ婆を狂信する磯崎夫妻の姿を見つける。そのときから、彼の恐怖の一日が始まる。恐るべき鬼塚一族の人々が次々と彼の行く手に出現する。…、そして、彼の逃亡がまた始まる。はたして、彼は逃げ切れるのか。鬼塚一族の魔の手を逃れ、自由な暮らしを手に入れられるのか。

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