ようこそ。ここは草野巧のホームページです。
フランボワイヤン・ワールド
新撰組と剣豪の話
フランボワイヤン・ワールド・トップ新撰組と剣豪の話目次
 小説
イオの末裔
〔Kindle版〕

販売開始しました。
《内容》
 教団拡大のために凶悪な犯罪もいとわない《鬼神真教》の教祖・サヤ婆(鬼塚サヤ)の孫として生まれた鬼塚宏樹(主人公=私)は鬼塚一族の残酷な行為を嫌って一族の家から逃亡し、裏切り者として追われる身になる。その恐怖から彼は各地を転々として暮らすしかない。やがて彼は大都市のK市である女に出会い、一時的に幸福な暮らしを手に入れる。だが、そんなある日、大都市の町中でサヤ婆を狂信する磯崎夫妻の姿を見つける。そのときから、彼の恐怖の一日が始まる。恐るべき鬼塚一族の人々が次々と彼の行く手に出現する。…、そして、彼の逃亡がまた始まる。はたして、彼は逃げ切れるのか。鬼塚一族の魔の手を逃れ、自由な暮らしを手に入れられるのか。
 小説
イオの末裔
〔Kindle版〕

販売開始しました。
《内容》
 教団拡大のために凶悪な犯罪もいとわない《鬼神真教》の教祖・サヤ婆(鬼塚サヤ)の孫として生まれた鬼塚宏樹(主人公=私)は鬼塚一族の残酷な行為を嫌って一族の家から逃亡し、裏切り者として追われる身になる。その恐怖から彼は各地を転々として暮らすしかない。やがて彼は大都市のK市である女に出会い、一時的に幸福な暮らしを手に入れる。だが、そんなある日、大都市の町中でサヤ婆を狂信する磯崎夫妻の姿を見つける。そのときから、彼の恐怖の一日が始まる。恐るべき鬼塚一族の人々が次々と彼の行く手に出現する。…、そして、彼の逃亡がまた始まる。はたして、彼は逃げ切れるのか。鬼塚一族の魔の手を逃れ、自由な暮らしを手に入れられるのか。

 小説
イオの末裔
〔Kindle版〕

販売開始しました。
《内容》
 教団拡大のために凶悪な犯罪もいとわない《鬼神真教》の教祖・サヤ婆(鬼塚サヤ)の孫として生まれた鬼塚宏樹(主人公=私)は鬼塚一族の残酷な行為を嫌って一族の家から逃亡し、裏切り者として追われる身になる。その恐怖から彼は各地を転々として暮らすしかない。やがて彼は大都市のK市である女に出会い、一時的に幸福な暮らしを手に入れる。だが、そんなある日、大都市の町中でサヤ婆を狂信する磯崎夫妻の姿を見つける。そのときから、彼の恐怖の一日が始まる。恐るべき鬼塚一族の人々が次々と彼の行く手に出現する。…、そして、彼の逃亡がまた始まる。はたして、彼は逃げ切れるのか。鬼塚一族の魔の手を逃れ、自由な暮らしを手に入れられるのか。

伊東甲子太郎(いとうかしたろう)

●伊東甲子太郎プロフィール
新撰組二番組組頭、参謀、文学師範
神道無念流、北辰一刀流
天保六年(1835)~慶応三年(1867)
池田屋事件後に隊士募集に応じて新撰組入りした大物隊士。江戸深川に北辰一刀流の道場を構えており、一門の七名を率いて新撰組入りした。その意味では近藤に似ているが、思想的には暗殺された芹沢鴨に近く、若いころに水戸学を学んだ尊皇論者だった。新撰組入りも尊皇活動のためだったらしく、入隊後は伊東派を形成した。最後は御陵衛士として新撰組を分離するが、七条油小路事件で新撰組に暗殺された。
●伊東甲子太郎略年表
天保六年(1835) 常陸志筑藩郷目付・鈴木専右衛門の長男として生まれる。本名は鈴木大蔵。
嘉永四年(1851)ころ 水戸へ遊学し、神道無念流を学ぶ。また、勤皇思想の水戸学を学ぶ。
安政四年(1857)ころ 江戸深川佐賀町にあった伊東誠一郎の北辰一刀流道場に入門。師匠の死後にその娘ウメと結婚、伊東姓となる。
元治元年(1864) 9月、新隊士募集のため江戸に下ってきた藤堂平助に勧誘され、一門を率いて新撰組入りする。すぐに二番組組頭、翌年参謀となる。
慶応三年(1867) 3月、伊東ら13名が御陵衛士を拝命して、新撰組から分離。11月18日、七条油小路事件で新撰組に暗殺される。

■芹沢鴨と同じ水戸系列の勤皇家

 天保六年(1835)、常陸志筑藩士の長男として生まれた伊東甲子太郎は、17歳で水戸へ遊学し、金子健四郎の道場で神道無念流を学んだ。そのかたわら水戸学も学び、勤皇思想(尊王攘夷倒幕)に染まった。
 23才ころに江戸に出ると深川佐賀町にあった伊東誠一郎の北辰一刀流道場に入門、26才の時には塾頭を務めている。師匠が死ぬとその遺言もあって、師匠の娘ウメと結婚、道場を継いで伊東姓を名乗ることになった。
 だが、伊東は一介の道場主で終わる気はなかったようだ。このころ、伊東は仲間たちと「いまや憂国の士は京都に集まっている。われわれも上京して国家のために力を尽くそう」と話し合っていたのである。
 こんな伊藤に転機が訪れたのは元治元年(1864)9月だった。新撰組隊士を補充するため、近藤勇とともに江戸に下った藤堂平助が伊東のもとを訪れたのである。
 実は、藤堂はかつて伊東のもとで北辰一刀流を学び、その後、近藤勇の試衛館道場の食客となって新撰組入りした男で、伊東のことをよく知っていたのだ。
 このチャンスを伊東は逃さなかった。近藤勇が試衛館の一門を率いて浪士組に参加したように、中西登、篠原泰之進、内海治郎ら伊東一門の7名を引き連れ、すぐにも新撰組入りしたのである。また、これを記念して、甲子太郎と改名した。

■新撰組入隊の目的は内部変革か?

 それにしても、いくら国のために働きたいからといって、伊東はなぜこうも簡単に新撰組入りしたのか? というのは、伊東は尊王攘夷倒幕を考える勤皇家であり、佐幕的な近藤勇とは異なる思想の持ち主だからだ。
 これについては様々な説がある。
 新撰組の生き証人である永倉新八は『新撰組顛末記』の中で、藤堂が伊東を勧誘する際に、「近藤を暗殺し、伊東が隊長となることで、新撰組を勤皇集団に変革したい」と申し出たといっている。
 これはあまりに極端だが、実際に新撰組隊士の中には、芹沢鴨が暗殺された後にも、表面では近藤に従っているものの、内心では勤皇思想を持つものがかなりいたのである。
 少なくともこの程度の情報なら、藤堂が伊東に話していたとしても不思議はない。そして、伊東はいつかは勤皇思想の持ち主を結集できると考えたのかもしれない。
 あるいは、尊王攘夷という点では近藤と同じなのだから、それ以外の相違には目をつぶろうと考えたということもあり得る。
 しかし、佐幕と倒幕は正反対である。
 このことがその後の伊東の立場をいやでも難しいものとしたのである。

■秘密裏に勤皇家として行動を貫く

 元治元年11月、新規加入者を得た新撰組は職制の再編成を行い、伊東は二番組組頭となる。また、翌年慶応元年(1865)3月には、近藤、土方に次ぐ参謀の地位に就いている。
 だが、いかに重要なポストを与えられても、本来が勤皇家である伊東の行動は、どうしても新撰組の行動とはずれていかざるを得なかったようだ。
 慶応2年1月、禁門の変を起こした長州に幕府から使者が派遣され、伊東は近藤らとともにこれに随行したが、2月に広島に到着した伊藤は近藤とは別行動をとった。
伊東は腹心篠原を引き連れて老中小笠原長行と面会して勤皇論を説いたのである。さらに、各藩の外交官とも積極的に会っては勤皇派である長州への寛大処分を働きかけ、志士たちとも交わって徳川の悪政を論じたという
 近藤もまた長州への寛大論者であったが、それは現状分析から来る現実的な戦略だった。
 同じ寛大論であっても、伊東と近藤では根本の思想がまるで違っていた。
 この違いが、その後の政治情勢の変化ともあいまって、伊東一派をして新撰組から分離させることになるのである。

■御陵衛士を拝命し高台寺党を結成

 伊東がそれをいつ決断したか、それははっきりしない。だが、伊東の決断を促すような、重大な政治的事件が相次いで起きた。
 慶応二年6月、幕府は第二次長州征伐を断行するが、惨敗を喫した。すでに薩長同盟が成立していたからだ。7月には将軍家茂が急死し、一橋慶喜が15代将軍となった。年末には公武合体派の孝明天皇が崩御した。そして、勤皇派の動きが急激に活発化した。
 この段階までに、伊東の心は決まった。
 翌慶応三年元旦から4日まで、伊東は永倉、斉藤とともに遊郭に居座り、帰隊後に謹慎を命じられた。伊東は分離前に、近藤派の永倉、斉藤のいずれかを味方につけようと企んだのである。
 一月中旬には伊東は遊説という名目で九州へ出張し、勤皇派とコンタクトを取った。同時に、京都の伊東派が「御陵衛士」拝命を幕府に働きかけた。これは、逝去した孝明天皇の御陵を警護する組織である。
 そして3月、伊東は近藤・土方の許可を得て新撰組から正式に分離した。御陵衛士に任命されたのは13名で、伊東のほか、篠原、藤堂、斉藤などがいた。6月、御陵衛士は屯所として東山高台寺の塔頭月真院を与えられ、以降は高台寺党と呼ばれることになった。
 伊東は嬉しかったに違いない。だが、それから数ヵ月後の11月18日、伊東は新撰組の手で暗殺されてしまうのである。

■「ご冗談めさるな、ご冗談めさるな」

 伊東が暗殺されたのは、御陵衛士にスパイとして潜入していた斉藤一が伊東一派による近藤暗殺計画を新選組に報告したからだといわれている。だが、これを疑う専門家もいる。
 坂本龍馬が暗殺されて三日後の11月18日午後、伊東は国事の相談という名目で近藤の妾宅に呼び出され、一人で出かけて行った。
その夜、近藤、土方ら新撰組幹部に饗応された伊東は痛飲し、大いに酒に酔ってから帰途につき、間もなく油小路に差し掛かった。そこへ、待ち伏せていた新撰組の大石鍬次郎、宮川信吉らが斬りかかったのだ。
 このとき伊東はこういったといわれる。
「ご冗談めさるな、ご冗談めさるな」
 伊東にしてみれば、まったく寝耳に水の事件だったのである。近藤暗殺を企んでいるような男が、こんな形で暗殺されることがあるのだろうか。
 もちろん、これまでの伊東の行動を考えれば、近藤暗殺計画があったとしても少しも不思議はないのだが。
 新撰組と剣豪の話 目次
新撰組隊士

新撰組と時代背景
近藤勇
土方歳三
沖田総司
永倉新八
斎藤一
原田左之助
藤堂平助
島田魁
林信太郎
山野八十八
大石鍬次郎
尾形俊太郎
山南敬助
山崎烝
芹沢鴨
新見錦
平山五郎
武田観柳斎
谷三十郎
伊東甲子太郎
篠原泰之助

志士たち

坂本龍馬
中岡慎太郎
岡田以蔵
桂小五郎
河上彦斎
西郷隆盛
大久保利通
中村半次郎

剣豪

吉岡直綱
上泉伊勢守信綱
念阿弥慈音
斎藤歓之助
逸見宗助
小野忠常
加藤久
仏生寺弥助虎正
荒木又右衛門
堀部安兵衛
佐々木小次郎
高柳又四郎
千葉周作
柳生十兵衛
柳生兵庫助
宮本武蔵
大石進
半沢成恒
小野忠明
古藤田俊直
樋口定次
師岡一羽
辻月丹
斎藤弥九郎
東郷重位
剣豪学

 小説
イオの末裔
〔Kindle版〕

販売開始しました。
《内容》
 教団拡大のために凶悪な犯罪もいとわない《鬼神真教》の教祖・サヤ婆(鬼塚サヤ)の孫として生まれた鬼塚宏樹(主人公=私)は鬼塚一族の残酷な行為を嫌って一族の家から逃亡し、裏切り者として追われる身になる。その恐怖から彼は各地を転々として暮らすしかない。やがて彼は大都市のK市である女に出会い、一時的に幸福な暮らしを手に入れる。だが、そんなある日、大都市の町中でサヤ婆を狂信する磯崎夫妻の姿を見つける。そのときから、彼の恐怖の一日が始まる。恐るべき鬼塚一族の人々が次々と彼の行く手に出現する。…、そして、彼の逃亡がまた始まる。はたして、彼は逃げ切れるのか。鬼塚一族の魔の手を逃れ、自由な暮らしを手に入れられるのか。

 小説
イオの末裔
〔Kindle版〕

販売開始しました。
《内容》
 教団拡大のために凶悪な犯罪もいとわない《鬼神真教》の教祖・サヤ婆(鬼塚サヤ)の孫として生まれた鬼塚宏樹(主人公=私)は鬼塚一族の残酷な行為を嫌って一族の家から逃亡し、裏切り者として追われる身になる。その恐怖から彼は各地を転々として暮らすしかない。やがて彼は大都市のK市である女に出会い、一時的に幸福な暮らしを手に入れる。だが、そんなある日、大都市の町中でサヤ婆を狂信する磯崎夫妻の姿を見つける。そのときから、彼の恐怖の一日が始まる。恐るべき鬼塚一族の人々が次々と彼の行く手に出現する。…、そして、彼の逃亡がまた始まる。はたして、彼は逃げ切れるのか。鬼塚一族の魔の手を逃れ、自由な暮らしを手に入れられるのか。
Copyright(C) 草野巧 All Right Reserved